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体細胞モザイクからの細胞系譜の推定

細胞系譜解析は一般に、初期の発生段階で1個または少数の細胞にマーカーを導入し、より後の発生段階で印がついた細胞の分布を観測する実験によってなされてきた。この方法ではマーカーもしくはトレーサーを注入するための細胞を同定し、その細胞だけに注入できる技術が必要である。また印を付けた細胞のその後の振舞いをいくつもの発生段階で調べなければいけない。

発生過程を追跡せずとも、特定の観測ステージにおけるマーカーの分布だけから、 その上流の細胞系譜を推定するシステマティックな方法を考案した (Mochizuki, A. (1999) Estimating cell lineage from distributions of randomly introduced markers. J. Theor. Biol. 197, (2) 227-245.)。これにより、ランダムに導入されたマーカー分布の観測だけからでも、細胞系譜の形を決められる。 直接観察されない発生途中の細胞は、一番末端の観測ステージでの細胞の状態から、推定する事ができる。 つまり、例えばtransposonなどを使って自動的に細胞に印を付けることができれば、その結果だけから細胞系譜が決定できる。

この推定のためには実験において、マーカーが1個体に少数個しか入らないことと、娘細胞に必ず受け継がれるものであることと、実験が十分繰り返されることが必要である。細胞系譜は多数考えられる形の中から、最も「上手く」実験データのセットを説明できるものが選ばれる。最も少ないマーカー導入を仮定することで、実験データを説明できる細胞系譜の形が最も正しいと推定できる。なぜなら、多数のマーカーの導入を考えなければ実験結果を説明できない細胞系譜の形は、より多くの仮定を必要としている形だからだ。この考え方は、生物種の系統関係を推定する系統推定学で使われているもので、最節約の原理と呼ばれている。

推定の具体的な方法として、[1]全てのトポロジーを列挙し比較する方法、[2]クラスタリング法の2つを示した。後者によって多数の細胞からなる細胞系譜も短時間で推定できる。 仮想的に細胞系譜を考え、それにマーカー導入実験を行った。得られた観測ステージにおけるマーカー分布から、逆にもとの細胞系譜を推定できるか調べた。1回の実験あたりのマーカー導入数が少なくかつ実験回数が十分多いときには、クラスタリング法により、確実に正しい細胞系譜を推定できることが分かった。

またHRPを使ってホヤの細胞系譜解析を行った研究のデータ( H. Nishida & N. Sato, (1983) Dev. Biol. ; H. Nishida & N. Sato, (1985) Dev. Biol. ; H. Nishida, (1987) Dev. Biol. ) をもとにして、この方法での細胞系譜の再構築を行った。 これらの研究で著者らは2、4、8、...細胞期などの各段階のホヤの細胞を同定した上でそれぞれにHRPを導入し、 後の尾芽胚においてのHRPの分布を調べている。私は、導入された細胞についての情報を無視し、 染色領域を示した写真データだけが与えられていると仮定して、細胞系譜の構築を試みた。 その結果、実験結果と等しい細胞系譜が得られた。